鮎釣り師ガバチャのひとり言

釣りあげた鮎で仲間と酒を飲む   これ人生のユートピア!

    2009年12月

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     昨年徳島市の勝浦川で鮎釣りをした時の記事です。

     徳島市内に流れ込む勝浦川はボクの鮎釣りの原点です。
     20年前、神戸から徳島に転勤して家族4人で木造の古い社宅に入り、四年間暮らしました。子供はまだ二人とも保育園。その徳島時代にお祖父さんから鮎釣りを教わり、初めて自分1人で釣行した川が勝浦川でした。

     徳島市内から半時間ほどで釣り場に到達できるきれいな川。
     デビューは、一匹も掛けることが出来なかったことをハッキリと覚えてます。

     実は当時家内との夫婦仲が最悪で、ボクは6月末にもらったボーナスをもって逃亡しました。もうどうなってもええわ、と言うステバチな気持ちで街をさまよって、釣具店の看板が見えたとき「そうや」と思いました。

     自分の働いた金で好きなものを買ってなにが悪い、と。
     その頃ボクのボーナスからの小遣いは五万円で、これも少ないといつもケンカのネタになってました。

     ボクはボーナス袋から金をがばっと取り出し、鮎竿からタイツまで一式15万円ほどを使いこんでしまいました。
     盗っ人猛々しいと言う言葉がありますが、正直気分が晴れました。

     このまま数日どこかの川に行って鮎を釣ろう。
     ボクはその釣具店のオヤジに訊きました。

    「どこの川が釣れていますか?」
    「今年は勝浦川がよう釣れとんじょ」
     よし勝浦川に行ってみよう。そこで今晩寝て、後のことはその後で考えたらいい。と勝手気ままに車を走らせました。
     ところが日が暮れたら急に意気地がなくなって、真夜中になって帰宅。

     もう午前2時ぐらいなのに家には灯がともり家内は起きてました。
     ボクはバツの悪そうな顔で「これ」とだけ言ってボーナス袋を渡しました。

     家内が中身を確かめると疲れた目で「なんに使った?」と訊きます。
     ボクは「鮎釣りの道具」とだけ答えました。

    「あんた鮎釣りやってた?」と家内。
    「これから・・・やる」とボクは視線を外しました。

     家内は大きなため息だけつくと黙って寝室に向かいました。
     ボクは時間をおいて家内と子供らがざこ寝する布団にそっと入りました。

     次男が眠ったままボクにしがみついてきます。
     寝苦しいほど蒸し暑いのに、ボクは次男を抱いたまま眠りこけてしまいました。

     この頃は自分でもひどかったなと思います。精神的にもグラグラしてた綱渡りの時期。 まぁよくも転落しなかったものだと思います。

     その後、休みごとに勝浦川に鮎釣りに行きました。
     時には子供を連れて泳がせながら釣りました。
     いつも2、3匹で10匹も釣れたら大漁で大喜び。

     でも家内はボクの釣った鮎を食べてはくれませんでした。
     今もです。
     家内は「ただ鮎が好きでないだけ」と言いますが・・・。

     そんなことを思い出しながらボクは勝浦川へと向かってみました。
     その頃よく通った堰堤に行ってみよう、と。
     18年ぶりでした。
     さすがに川相は変わっていましたが堰堤や大きな石はそのままです。

     あの時鼻カンもろくに通せなかったのに、とボクはおとり鮎に素早く鼻カンを通し瀬に送り込みました。と、いきなりダダンガンガンッ! と強烈なアタリ。

     野鮎に竿をのされたボクは必死で下に走ります。滑ってつまずいて、尻餅をついて這ったまま竿を立ててずぶ濡れで耐えました。ものすごい引きです。

     やっと取り込んだのは24センチのでっぷりした鮎。ボクは真っ青な空を向いてウホォーッと奇声を上げると川にへちゃりこみました。

     対岸には一面黄色のひまわり畑。そこにカブのおじさんが乗り付けて「釣れとるかぁ」と声を上げます。「今でかいのが来た」と返してボクは手を振りました。

     息が切れてます。
     熱波で景色が茹だってゆがみました。

     いつの間に18年も経ったのだろうか・・・。
     胡蝶の夢とは、よく言ったものです。

     ボクは沸き上がる入道雲を遠望しながらゆっくりと立ち上がると、足下を確かめながらまた上流のポイントへと足を進めました。


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     チョー若い頃の話だからいいだろう。
     初任者研修の最終日に懇親会があった。街から離れた研修所での缶詰状態を開放され、宴は異様に盛り上がった。

     一次会から二次会へと神戸の繁華街に繰り出した。
     初めてあったもの同士なのに意気投合する輩は居るもので、四、五人のグループが形成されさらに3次会へと流れていった。

     飲んで歌って時間も忘れ、慌てて阪神電車に駆け込んだ。和歌山まで帰らないと行けない。何とか難波まで行ったが終電が出た後だった。
     しかたなく泊まることになった。

     酔ったせいか視界がぼーっとしている。運良く直ぐにカプセルホテルを見つけた。
     受付の女性が、用紙に住所氏名を書いてくれと言う。

     酔ったせいか記入欄がどうしても見えない。書けないままモゾモゾしてると、受付の女性が「どこそこのまるまるさんですね」と職場名や実名まで明るく言う。

    「な、なんでオレのこと知っとんねん」と加トチャンみたいに呂律レロレロで返したら、苦笑いで胸のところを見ている。
     なんだと顔をおろしたら研修の名札がそのままついていた なっ! 後のフェスティバル(祭)とはこのことだ叫び

     研修の名札外すの忘れてたっ。酔いがすっ飛んだ。のもつかの間、カプセルインと同時に白河夜船の高いびきだ。
     朝起きるとメガネがない! いくら探しても無いので阪神電車に電話したら落とし物コーナーに上がっていた。

     昨夜、メガネ無しでも難波まで来てカプセルを見つけた眼力なのに、夜が明けたら目が見えずオロつきながら手探りで梅田まで戻った

     後日、あの時飲みに行った仲間に「何で名札のこと教えてくれなかったんだよ」と言ったら、全員酩酊状態でその夜のことを覚えていなかった。

     こんな時は、類は友を呼ばなくていいむっ




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     若い頃の話だ。
     和歌山県紀ノ川の支流に貴志川というきれいな川があって、そこのマス釣り場で職場レクをやった。

     ボクと年配のUさんが昼食カレーの係となり、みんながマス釣りをしている間に田んぼの石垣沿いに釜戸を作り火をおこした。
     にわかに風が強まり、風向きが変わる。

     あっ、稲わらに火が!
     と言う間にみるみる火は広がったメラメラ

     Uさん、米炊き用にくんできた水バケツを持ってウォ~と絶叫。
     が、なんとその勢いで入れ歯が発射えっ Uさんとっさにナイスキャッチ。

     入れ歯を持ったまま修羅となったUさん、燃え盛る火にバケツを振り回す。
     笑えもせず、ボクも必死で棒を振り回し火を叩き消した。

     何が何だか状態で八面六臂の二人。
     田んぼ半焼でまもなく鎮火。
     ぜーぜーと肩で息をしながらボクはUさんと向き合った。

     「ひえてよはっはな~」(消えて良かったなー)とUさん。
     言ってはたと両手を広げた。入れ歯が・・・ないっ!

     怖かったがボクも入れ歯捜索に加担。
     ギョギョ~ッ!叫び 焼け跡からついに入れ歯発見。

     Uさん笑顔でホコリを払って無事入れ歯と合体ぁ~ぃ。ニカッと笑うUさんだが、炭がまだ落ちてない。谷川で洗うしかないな、とUさん江戸時代のお歯黒状態でマス釣り場に直行。
     皆にはばからず入れ歯をグワァーっと外すと、谷川でごしごし入れ歯の洗浄開始だ。

     そんなUさんにマス釣りの子供はびびるし大人はドン引き。
     管理人のおじさんも目をむいて無言で立ちつくすしかなかったのレス。

     がぁ、まぁ、とにもかくにもUさん、ひえてよはっはな~(消えて良かったなー)




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     徳島の立ち食いうどんで勘定を小銭で払った時に、「ちゃんとあったかな?」と確認したら店主が数えながら「あるでないで」と返事を返す。
     ボクはあったのかなかったのかわからずもう一度訊いた。

    「だから、あるでないで」と店主は平然と答える。
     あるでないでは、ありますよと言う意味だった。無いときは「ないでないで」なので大変よく分かる。

     徳島でゴルフコースに出た時、こんなプレー速度でいいのかなーと思って徳島の人に訊いてみたら、「かんまん、かんまん」と言う。ボクはもっと「緩慢」にゆっくりやれと言われたと思い、じっくりとプレーしていたら「もっと早よやれっ」と皆から叱られたえっ
     かんまんとは、かまいませんそれでよろしいですよと言う意味だった。

     徳島の朝市によく行った。並べられた魚を囲んで「えっとぶり、えっとぶり」という声が交わされる。
     魚のブリの種類かと思って、どんなブリですかと訊いたら「久しぶり」だと答える。ひさしブリ? ははっ、ボクはシャレだと思って笑った。
     後で、徳島が久しぶりをえっとぶりということを知った。

     難波から和歌山への南海電車で、「ほなけんなー」と言っている人は100パーセント南海フェリーに乗って徳島を目指す。徳島弁の最もメジャーな接続詞、「ほなけんなー」を覚えれば、徳島県人の仲間入りをほぼ手中に収めたと言っていい。

     徳島弁は全体丸みがあって柔らかい。特に女性が使うと、ハートをわしづかみにされるような魅惑がある。そしてまた叱られるときも徳島(の女性)の方がいい。

     高知や和歌山ではきつすぎて身が持たんのじょ~、と思う。・・だろべーっだ!




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     高知に「のうが悪い」と言う言葉がある。「具合が悪い」「使い勝手が悪い」と言う意味だ。他県には絶対通じない。

     高知のゴルフ場で。折れた傘の柄を持ちにくそうにして一緒にプレーしていた県外人に「おまん、のうが悪いろ」と高知人が言った。

    「君、その傘は使い勝手が悪いだろう」と言う意味だが「君、脳が悪いだろう」と県外人の耳に刺さった。スコアの上がらない県外人がマントヒヒプンプンのように赤面してマジ切れたという。

     高知県人は言葉を略さない。ちゃんと一つ一つのひらがなを押すように発音する。
     携帯をケータイとは言わない、ケイタイとしっかり発音する。兵隊をヘータイと言わないヘイタイと言う。

     近代、丁寧に発音する高知人は政府から認められ国語の先生として東北地方などに赴いたという。
     東北弁は「しかたがないでしょう」を「んがね」、「そうでしょう」を「だす」と言う。 極寒だと悠長にしゃべってらんねえ。そんな気候が単語ならぬ短語を生み出したのだろう。ボクは、端的なのに情緒がすうっと染み入る東北弁が好きだ。

     東北弁に限らずその土地どちの言葉があっていい。標準語など大きなお節介だ。

     なまじ言い方で持ち上げられた高知人は、胸を張って議論好きになったという。
     酒を片手に、犬と猫のどちらが賢いかを朝まで言い争う得意げ 内容は問題ではない。ありったけの知恵とボキャブラリーを出し尽くすことに意義がある。

     どんなに言い争っても前には太平洋、後ろには四国山脈しかない。とことん言い合える条件はそろっている。

     やっぱり、オラァ、そんな高知県人中の高知県人ながやと思うがぜす。




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