有田川で終日鮎釣りをした帰りに、
おじさんがとぼとぼと歩いて近づいてくる。
私のそばまで来た時に
「どうや、鮎は見えるかい?」
と横に並んで川を覗き込んだ。
「いゃあ、水が出た後なんで苔が飛んでしまって見えませんわ」
「そうかい。ここらも昔は良かったんじゃがなあ」
と、振り向いて私に目を合わせた。
私の父ぐらいの年格好だ。
「昭和20年にな、
とおじさんは下流の方を指さした。
「大阪の方で家を建てるのに木がいるっちゅうてな。
昭和20年と言えば終戦の年である。
大阪を再建するために大量の木材がこのような山村から切り出されたの
遠くの山を見るおじさんの目にはどんな思い出が刻まれているのだろうか。
「昔はな、ここらの鮎も大きかった。
「ズガニですか?」
「そうそうズガニじゃ。そのズガニも大きい大きい。
おじさんは手でそのカニの大きさを作ってハッハッハとマスク越し
「ちょ・・それって大きすぎませんか。
と私も声をあげて笑った。
貴志川のとばりに二人の笑い声だけが響く。
「どこから来なさった」
「和歌山市内です」
おじさんは私の顔をまるで誰か知り合いの顔でも思い出すような目
「
と踵を返した。
「ありがとうございます」
と背中に投げかけた私の言葉に、
その向こうの山は暮れなずみ、
貴志川は川も山も、そこに暮らす人たちも清らかに美しい。