有田川で終日鮎釣りをした帰りに、貴志川の柳生橋で車を止めて川の写真を撮っていた。

 おじさんがとぼとぼと歩いて近づいてくる。

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 私のそばまで来た時に

「どうや、鮎は見えるかい?」

 と横に並んで川を覗き込んだ。

 

「いゃあ、水が出た後なんで苔が飛んでしまって見えませんわ」

「そうかい。ここらも昔は良かったんじゃがなあ」

 と、振り向いて私に目を合わせた。

 私の父ぐらいの年格好だ。

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「昭和20年にな、大水が出てワシの家はそこにあったんじゃが流れてしもうたワ」

 とおじさんは下流の方を指さした。

 

「大阪の方で家を建てるのに木がいるっちゅうてな。ここいらからたくさんの木を切って持って行ったんじゃよ。そしたら雨が降ったら大水が出るようになってな。その時だけやなしに何回も大水が出て何軒も家が流されたんじゃ」

 昭和20年と言えば終戦の年である。

 大阪を再建するために大量の木材がこのような山村から切り出されたのだろう。


 遠くの山を見るおじさんの目にはどんな思い出が刻まれているのだろうか。

 

「昔はな、ここらの鮎も大きかった。うちの家の下なんかカニがたくさんおってな」

「ズガニですか?」

 

「そうそうズガニじゃ。そのズガニも大きい大きい。海におるカニぐらいデカかったんじゃ」

 おじさんは手でそのカニの大きさを作ってハッハッハとマスク越しに笑い声をあげた。


「ちょ・・それって大きすぎませんか。松葉ガニぐらいあるじゃないですか」

 と私も声をあげて笑った。

 貴志川のとばりに二人の笑い声だけが響く。


「どこから来なさった」

「和歌山市内です」

 おじさんは私の顔をまるで誰か知り合いの顔でも思い出すような目でまじまじと見ると、やんわり目じりを下げて

きいつけてかえんなさいや」

 と踵を返した。

 

「ありがとうございます」

 と背中に投げかけた私の言葉に、おじさんは振り向きもせずにサッと右手だけ挙げるとバイバイのしぐさをしながら民家の方へと歩いて行った。

 

 その向こうの山は暮れなずみ、はるか夕焼け空の光が届いてところどこで煌めいている。

 貴志川は川も山も、そこに暮らす人たちも清らかに美しい。

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鮎釣り師のひとり言 その20